あれから、20年目の日。

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前にも掲載したかもしれませんが、
この新聞は、20年前の1月17日の夕刊。
阪神淡路大震災のその日の新聞です。
忘れてはいけない、そんな気持ちからこの新聞を取っておいたのだと思います。

あの時、0歳1ヶ月だった娘も二十歳となり、成人しました。
生かされてることに、感謝しなくてはいけませんよね…。
今朝も5時46分に西の空に向かって黙祷しました。20年続けていること、これからもずっと続けて黙祷していこうと思っています。

20年目なので、改めてあの日のことを思い出してみる…
5時46分まだ真っ暗な朝方、
私は1ヶ月の娘に授乳中だったので、起きていたのでした。
最初にドカーンと下から突き上げた大きな音にビックリして何が起こったのか全くわからず、
爆発したのかと、ただ事ではないと、あたふたしながらも、娘を守らなくちゃと抱き抱えて必死だったのを鮮明に覚えています。
大阪だったので、震度5弱、
縦揺れがものすごくて、大きな揺れの後は、余震が何度も何度も、もうやめて…というほど、すごい余震でした。怖かった…。
我が家は、マンションの9階だったので、余計にひどく揺れたのかもしれないけど、被害は本棚の本が倒れてきたのと、食器棚の一番上のお皿が割れたくらいで、
大事には至らず、幸いでしたが、
テレビをつけて、明るくなるにつれて、どんどん被害があからさまになってきた。
ニュースの映像を観ては唖然としたのでした…いつも通ってた阪神高速が崩壊して落ちてる…まさかの映像に、ショックはすごかった。
あの阪神高速の下も走ってたので、これが昼間だったら…考えただけで、恐ろしくなる。
電車も神戸方面は、ほぼアウトだったので、みんなリュックを背負い歩いてボランティアに向かっていた。
主人もペットボトルにお水を入れて会社に毎日持って行っていました。
ライフラインがストップして、水道はなかなか出なかったので、ありがたいと言っていただき、運んでました。

私は1ヶ月の娘を抱えていたので、身動きが取れないから、何かをしたい気持ちはあるのだけど、動くことができないから、友人が無事であることを祈るしかできなかった。
全国から、ボランティアの方々がたくさん来られて、学生さんたちの素晴らしい取り組みに、何度も涙したものでした。
人と人との繋がり、暖かい気持ち、助け合い、心が温かくなりました。
失うものもたくさんありましたが、人の温かさを改めてしみじみ感じて得たのでした。

神戸は頑張りました。負けなかった。復興するぞ、という気持ちが強くありました。
だから、東日本大震災の被災者の方々の気持ちが人一倍わかるんだと思います。

阪神淡路大震災、東日本大震災、リアルに両方を体験して、今、ここに生かされているということに本当に感謝して
日々大切に生きていこうと、改めて実感です。
そして、震災を風化してはいけない、色々なことを語り継がれていかなくてはならないと思うのです。
by kyonshogo | 2015-01-17 09:36 | いろいろ | Comments(2)
Commented by deme at 2015-01-18 05:29 x
あれから20年、いろいろな思いを持って時間が流れているとおもいます。
阪神淡路の震災の年3月半ばに、西宮の友人宅に行き、約一週間、あちらこちらをまわって、自分でしっかりとこの事をつたえようとした矢先、あの地下鉄サリン事件が起こりました。ほんとうはあの日に夜行バスで帰る予定で早朝には東京についていましたので私も事件にまきこまれていたかもしれません。友人があと一日いればと言ってくれてそれにあまえた形になったのですが。
日本人はその時だけ騒いで、後は何もなかったようなかんじです。
福島の親戚は、いまだに原発の避難区域なので、戻っておりません。
地震は自然災害ですが、原発については、誰も責任をとっていないし、またどうするかも議論されず、再稼働させるかんじです。
毎日、生活の積み重ねで嬉しさや幸せを感じとれる、ただそれだけが人として生きるあかしだとおもいます。
桜は季節がくれば花を咲かせます。でも咲かせるためには見えないけれどたくさんの事を行って、毎年おなじことをくりかえしながら私達に可憐な花をみせてくれるのです。

なになにを思うきもちただそれだけが生きるあかしだとおもいます。大切なことはいつも思っていることただそれだけです。

桜おじさんより
Commented by kyonshogo at 2015-01-18 10:47
★demeさん こと桜おじさん
おはようございます。
20年の間、色々なことがおこり、色々な思いを胸に生きてこられた方がたくさんいらっしゃって、
それでも毎日時は普通に流れ、日々普通に過ごしている、
今こうやって生かされていることに感謝です。
阪神淡路大震災の年に、関東に移り住むことになり、それからずっとこちらに永住となりました。
震災がなければ今の自分がなかったと思うと、色々な運命だったのかとも思ったりしています。

毎日の普通の日常が幸せだということを改めて感じています。
毎年桜のお花を観れることも幸せなのですよね。
春が待ち遠しいです。
ありがとうございました。


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